2009年12月07日

外国人嫌悪

外国人嫌悪(がいこくじんけんお)および外国人恐怖症(がいこくじんきょうふしょう)は、外国人や異民族などのアウトサイダーと見られている人や集団を嫌悪、排斥あるいは憎悪する気質を指す「きわめてあいまいな心理学的概念」。xenophobia(クセノフォビア、ゼノフォビア)の訳語で、「外国人嫌い」などと訳される場合もある。
あらゆる国、民族に存在し、かつてこれが行きすぎたために反ユダヤ主義、ホロコーストなどに代表される大量虐殺が行われた事例も数多くある。

日本は、人口の98.5%を日本人が占めるため、しばしば「国民の大部分が日本民族により構成される単一民族国家である」と主張され、また居住者の99%以上は日本語を母語とする。また、外国人居住者の多くは地理的距離が日本に近く、肌の色がほぼ同じである朝鮮人、中国人などである。このような社会的均一性が、日本における外国人恐怖症の背景となる。

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また、江戸時代において鎖国が約250年も続いた為、外国人や異民族との係わり合いを経験することは極めて少なく、極端な場合には会話さえ難しいこともあり、「外国人恐怖症」の原因となっているとする主張がある。それに対し、日本が島国であるということから思いついた単純な決め付けであり、江戸末期における開国以降の長い歴史を考慮に入れない偏見である、との反対意見もある。

日本人の場合、この感情は国籍よりも人種や民族により強く向けられる傾向があると主張され、以下の理由が示されている。
たとえ相手が日本国籍を持ち、日本語を話せたとしても、顔つきが外人っぽいというだけで気後れすることがあり、外人と見るや、相手のバックボーンが分からなくても外国語(主として英語)で話し掛ける傾向。

2009年11月29日

非宗教説・宗教説と教義

「国家神道」を宗教ではないとする説と宗教であるとする説がある。非宗教説は、敬神を国民の義務とし、この義務は道徳の範疇にあるので、神社・軍隊・学校・官公庁などにおける敬神は宗教ではないとする説である。宗教説はこれを詭弁とするものである。

菱木政晴は世界には言語による教義表現を軽視する宗教もあり、比較宗教学や文化人類学の成果をもちいることによって困難なく抽出可能であるとして以下のようにまとめている。

聖戦 - 自国の戦闘行為は常に正しく、それに参加することは崇高な義務である。
英霊 - そうした戦闘に従事して死ねば神になる。そのために死んだ者をまつる。
顕彰 - それ(英霊)を模範とし、それに見習って後につづけ。
そして、「顕彰教義に埋め込まれた侵略への動員という政治目的を、聖戦教義・英霊教義の宗教的トリックで粉飾するもの」と指摘している。また、国家神道の教義の中心を「天皇現人神思想」や「万世一系思想」とする意見もある。
柳川啓一は「国家神道は明確な教義を有していた」として以下の4点を挙げている。
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天皇は、神話的祖先である天照大神から万世一系の血統をつぐ神の子孫であり、自ら現御神(あきつみかみ)である。
『古事記』、『日本書紀』の神話の国土の形成、天壌無窮の神勅にみえるように、日本は特別に神の保護を受けた神国である。
日本は世界を救済する使命がある。他国への進出は聖戦として意味づけられた。
道徳の面においては、天皇は親であり、臣民は子であるから、天皇への忠は孝ともなるという忠孝一本説。
江戸時代、会津藩や岡山藩、水戸藩、長州藩、津和野藩では、批判論が出るなどの議論が続く中で、小祠や淫祠の廃止・統合がおこなわれていた。このうち、水戸藩の神社合祀政策を特に「八幡改め」と称した。これは旧支配者佐竹氏が尊崇した八幡神社を破壊し、みずから崇拝する鹿島神宮に置き換える運動である。

2009年11月26日

武家の棟梁

武家の棟梁(ぶけのとうりょう)とは、武士集団の指導者のこと。
棟梁という言葉は今日では「大工の親方」という意味で用いられることが多いが、元は建物の屋根の主要部分である棟と梁を指していた。棟と梁は建物の最も高い部分にあり、かつ重要な部分であるため、転じて国家などの組織の重要な人物を指し、また「頭領」・「統領」という表記も用いられた(『日本書紀』景行天皇51年(121年)条において武内宿禰を「棟梁之臣」と表現している)。

10世紀から11世紀にかけて、各地に「堪武芸之輩」・「武勇之人」と呼ばれる人々が現れて武門の源流となり、それを統率する人物を「武門之棟梁」と称した。「武門之棟梁」は単一人とは限らなかったが、特に名声が高かったのは桓武平氏の平維時・維衡・致頼や清和源氏の源満仲・頼光・頼信らであった。頼信の孫・源義家が称された「武士之長者」(『中右記』)も同様の意味であり、義家の子孫(河内源氏)は特に「天下第一武勇之家」と呼ばれた。その後、平清盛率いる伊勢平氏がその地位を奪うが、源頼朝が鎌倉幕府を開いて「天下兵馬之権」を掌握して武家政権を確立、その死後に頼朝が有していた鎌倉殿としての軍事的権限と征夷大将軍の地位が次第に結びついて世襲されると、清和源氏-河内源氏の血を引く人物が「武家の棟梁=幕府の長・征夷大将軍」という図式が成立した。この図式は河内源氏嫡流断絶後に征夷大将軍を継承した摂家将軍や宮将軍の元でも維持されることによって、「武家の棟梁」と征夷大将軍が同一のものとする認識が確立した。

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ただし、「武家の棟梁」も時代によってやや異なる意味を有している。11世紀以前の「武家の棟梁」は朝廷(中央政府)が動員した兵士を率いて行動した軍事貴族であり、その根拠は京都にあって地方武士との関係は希薄であった。

2009年11月09日

ネグロイド

ネグロイドは、人種のひとつ。黒人、黒色人種などとも言われる。ラテン語のniger(ニゲル、黒)に由来するが、英語風にニグロイドともいう。

現生人類は、生物学上ホモ・サピエンスというただ一種に属している。 ただし、過去の自然人類学や文化人類学では、及びネグロイド、および北アフリカ・ヨーロッパ・西アジア・アラブ・南アジアなどに見られるコーカソイド(白色人種)、オセアニアに見られるオーストラロイド、東アジア・東南アジア・ポリネシア・南北アメリカ大陸などに見られるモンゴロイド(黄色人種)を4大人種として分類していた。

近年のDNA分析の成果によれば、現生人類発祥の地はアフリカにあるとされ、ネグロイドはその直系の子孫とされる。また、人種間の遺伝的距離を計ると、人類集団はアフリカ人(ネグロイド)のグループ、およびその他のグループ《西ユーラシア人(コーカソイド)とサフール人(オーストラロイド)と旧来モンゴロイドとされた東ユーラシア人(東南・東アジア人)と南北アメリカ人(ネイティブアメリカン)》、以上の二つのグループに大別することができるとされる。
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なお、肌の色はヒトという種の集団の分化の過程で選択圧を受けやすく最も短期間に変化する形質の一つであり、肌の色の類似または相違でいわゆる「人種」を区別することはできない。肌の色を発現させる遺伝子についても同様である。また、言語などの文化をも基準とした「民族」と、生物学的な特徴に基づく「人種」の概念は明確に区別されなければならない。

2009年10月30日

赤土

赤土(あかつち、せきど)は、「赤い土」を指す総称である。 赤い色は一般に、土壌に含まれる酸化鉄などに由来する。 より専門的には、下記のように、さまざまな「赤土」の定義がある。

ラテライト - 熱帯各地。貧栄養の酸性土。
赤黄色土 - 亜熱帯各地。日本では南西諸島に発達する。
テラローシャ (紫色の土) - ブラジル高原。玄武岩などが風化・酸化したもの。
テラロッサ (赤い土) - 地中海沿岸など。石灰岩が風化・酸化したもの。
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オークル - 南フランス特産で、顔料、タイルや素焼きの材料などに使われる。ルシヨン(地名)ブランドのものなどがとくに有名。一般には黄土として知られ、「黄土色」の名の由来でもあるが、実際にはさまざまな色味があり、赤みの強いものも多い。
中国の“紅土” - 中国では、「東北部の黒土、西北部(甘粛省など)の黄土(レス)、南西部の(雲南省など)紅土」といった言い方をすることがある。
関東ローム - 関東平野。火山灰などが酸化したもの。粘土質。
赤土は、先史時代より顔料として利用されてきた。 また、粘土質のものは、煉瓦や素焼き陶器の材料などにも使われる。

2009年10月19日

日本にはあらゆる業種や階層に

日本にはあらゆる業種や階層に縄張りがあり関西地方の群小の興行主へ既得権を手放す代わりに利益を生むように説得していった一人に山口組の田岡一雄がいるとされる。田岡は差別に対しての反骨心からゲテモノと呼ばれていた美空ひばりへ肩入れしていくことになる。また母親と衝突するまで美空を可愛がった反骨人の竹中労は差別されていたはずの芸能事務所がやがて特権階級化することにも牙をむく。

アメリカ軍に話を戻すと、基地へ慰問する楽団や歌手に対して、軍は実力に従い評価を出してギャラや待遇に格差をつけた。機会は公平に与え、実力によりチャンスをものにする姿勢は門閥主義の日本の伝統には無かったものである。草創期の芸能事務所の社長の多くはジャズバンド出身者であり、このアメリカ流の実力主義に感化された野心家たちでもあった。最盛期には一説に8,000人もいたバンドでも実力派の引き抜き合戦が行われたとされるが、彼らは互いに協定を結びつけていく。これが出発点である。
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東京の良家の子弟がジャズメンに多かったことが、また信用を得てコネを作るのに役立っていく。アメリカ軍の占領期間が終わった後も彼らの活動はジャズ喫茶や、大劇場の日劇においてロカビリーやグループサウンズに結実していく。運動の指導者たちは音楽畑の人の比率が高かった上に、徒弟制度的な「師が弟子を育てて一本立ちさせる」に似た、厳しいが家族的な形態が主流であった。

映像演劇業界は前述の通りテレビ局の劣悪な環境で働かされたアテ師たち(基本的には俳優)が、待遇改善を求める中で風雲児の清水昭に説得されて人望のあった久松保夫が中心となり太平洋テレビ芸能部が設立された。これが「PTC事件」の始まりである。

2009年06月19日

急性骨髄性白血病

染色体転座を伴う再発型
t(8:21)を伴うAML
FAB分類のM2のうちの一部である。予後が良いと言われている。
APL
FAB分類のM3である。分化誘導療法が使用可能であり最も予後がよい。t(15:17)が特徴である。
骨髄中の好酸球増加を伴うAML
M4Eoと呼ばれたものである。
11q23変異を伴うAML
骨髄異形成に関連するもの
骨髄異形成症候群からAMLとなったものである。
治療に関連するもの
抗がん剤投与によって二次的にAMLとなったものである。使用薬剤によって染色体異常に一定のパターンが知られている。
その他
皮肉なことに、FAB分類で分類される殆どのものがその他に相当する。治療、予後の面で区別することに意味がなくなったのである。
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弓道
四国
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昆虫
医用生体工学
上場
バイアスロン

急性リンパ性白血病 [編集]
WHO分類では形態学的な分類ではなく、細胞由来によって分類するようになった。従来のL1、L2はどちらもB細胞系が多いのが特徴であった。2004年現在ではこのように分類が改まっても治療に直結するエビデンスは乏しい。むしろリンパ芽球性リンパ腫との区別やとフィラデルフィア染色体の有無の方が治療に直結する。WHO分類は2004年現在では急性リンパ性白血病をリンパ系腫瘍という概念に含めた事が重要であって治療には直結しない。

前駆B細胞性急性リンパ性白血病
これに分類されることが多い。
前駆T細胞性急性リンパ性白血病
成人T細胞性白血病との鑑別が重要となっている。
バーキット細胞白血病
EBウイルスによるリンパ腫が白血化したものである。成熟したB細胞性急性リンパ腫ともいう。

2009年06月01日

東シベリア沖の探検

17世紀、ポモールに代わってコサックが、毛皮を求め内陸水路を伝って東シベリアへ進出した、彼らはレナ川・ヤナ川・インディギルカ川・コルィマ川など大河を下って北極海の河口に至りそこから帆船(氷の多い北極海の航行に適した断面や形状をした「koch」と呼ばれるもの)で別の大河の河口へ航海するという探検を繰り返している。1648年にはセミョン・デジニョフとフェドット・アレクシーヴがコルィマ川河口から東へチュクチ海を進み、チュクチ半島を回って太平洋側のアナディリ川河口へと往復した。これはアジアとアメリカの間が陸続きでないことを証明する発見であったが、この功績は長年忘れられたままとなる。

18世紀には毛皮を求める冒険商人に加え、地理学・地図学探検を目的とした学者や軍人による北極海探検が始まった。1720年代にはピョートル大帝が命令した「カムチャツカ探検」(大北方探検)と呼ばれる大きな探検計画が始まった。デジニョフの航海から80年後の1725年から1730年にかけて、デンマーク生まれのロシア海軍軍人ヴィトゥス・ベーリングが聖ガヴリール号(Sviatoy Gavriil)でデジニョフとは逆向きに東から西へ航海を行った。彼はシベリアを横断しオホーツク海を渡ってカムチャツカ半島に着き、ここで聖ガヴリール号を建造した後、1728年夏に北へ出航してチュクチ海に至り、アジアとアメリカの間に海峡があることを確認した。この海峡は彼の名を採ってベーリング海峡と呼ばれるようになった。またデジニョフが確認していた海峡中央部の島もベーリングが再発見し、ダイオミード諸島と名づけた。
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第2回カムチャツカ探検は1733年から1743年にかけて行われた。ベーリングと副官アレクセイ・チリコフは聖ピョートル号と聖パーヴェル号の二隻でアメリカ大陸を目指した。二隻は嵐ではぐれ別行動をとり、聖ピョートル号のベーリングたちは最初にアラスカ海岸を視認したヨーロッパ人となり、聖パーヴェル号のチリコフたちは最初にアラスカに上陸したヨーロッパ人となった。チリコフはロシアに帰還したが、ベーリングは途中で病没した。

ベーリングとチリコフとは別に、第2回カムチャツカ探検には他のロシア海軍軍人も参加した。セミョン・チェリュスキンらは陸路でタイミル半島の海岸を調査し、1742年5月、タイミル半島の最北端の岬に到達した。この岬がユーラシア大陸の最北端で、北東航路の最北端でもあった。彼は北東岬と名付けたが、現在はチェリュスキン岬と呼ばれている。

1764年にはロシアの大科学者ミハイル・ロモノーソフが北東航路探検を計画し、ワシリー・チチャゴフが3隻の艦隊でアルハンゲリスクを出航したが航路発見はならなかった。1785年から1795年にかけて、エカチェリーナ2世の命令で英国海軍軍人ジョセフ・ビリングス(Joseph Billings)とロシア海軍軍人ガヴリール・サリチェフ(Gavril Sarychev)がオホーツク海側から北東航路を探検し東シベリア・アラスカ・アリューシャン列島の詳細な海図を作成した。1820年代にはフェルディナント・フォン・ウランゲル、ピョートル・フョードロヴィチ・アンジュー(Piotr Fyodorovich Anjou)、フョードル・ペトローヴィチ・リトケ(Fyodor Petrovich Litke)らが東シベリア沿岸を調査し、1830年代にも調査活動が行われた。

2009年04月29日

アシナヅチ・テナヅチ

アシナヅチ・テナヅチは、日本神話のヤマタノオロチ退治の説話に登場する夫婦神である。『古事記』では足名椎命・手名椎命、『日本書紀』は脚摩乳・手摩乳と表記する。

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二神はオオヤマツミの子で、出雲国の肥の川の上流に住んでいた。8人の娘がいたが、毎年ヤマタノオロチがやって来て娘を食べてしまい、スサノオが二神の元にやって来た時には、最後に残った末娘のクシナダヒメを食いにオロチがやって来る前だった。二神はスサノオがオロチを退治する代わりにクシナダヒメを妻として差し上げることを了承し、オロチ退治の準備を行った。

スサノオが無事オロチを退治し須賀の地に宮殿を建てると、スサノオはアシナヅチを呼び、宮の首長に任じて稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ)(『日本書紀』では稲田宮主神)の名を与えた。

神名には諸説ある。

「ナヅ」は「撫づ(撫でる)」、「チ」は精霊の意で、父母が娘の手足を撫でて慈しむ様子を表わすとする説
「アシナ」は浅稲(あさいね)で晩成の稲の意、「テナ」は速稲(といな)で早稲の意とする説
「畔(あ)の椎」、「田(た)の椎」の対であるとする説
古語で蛇を「ミヅチ(御づち)」とするように「ヅチ」は蛇を指すことから、「脚無し蛇」「手無し蛇」という手足を持たない蛇の造形を示した蛇神を示しているとする説
スサノオの宮殿があったとされる地には須佐神社(島根県出雲市)がある。代々須佐神社の神職を務める稲田氏(後に須佐氏)は大国主の子孫であり、アシナヅチ・テナヅチから数えて2004年現在で78代目であるとしている。

神社関係者が物部の末裔との伝承を持つ埼玉の氷川神社の門客人神社は元々荒脛巾(あらはばき)神社と呼ばれ 謎の神アラハバキを祭る神社であるが

ここにはなぜかアシナヅチ、テナヅチの2神がアラハバキと共に奉られている。

物部の本来の祭神とも言われ、祟り神として神話に現れる三輪山のオオモノヌシが蛇神とされ、また物部の聖地であった大阪四天王寺の地にアラハバキ信仰の痕跡が残ることからオオモノヌシ=アラハバキ説があるが、

この氷川神社の謎からさらにヤマタノオロチとアラハバキ、そして物部の関連が指摘されることがある。

2009年04月14日

馬本齋(ば ほんせい)

馬本齋(ば ほんせい、1902年 -1944年2月7日)中国直隷省(現河北省)献県の人、原名守清。回族。抗日英雄。

馬本齋は、東北陸軍講武堂を卒業する。かつて東北軍中団長を任されていた。満州事変の後で、蒋介石の不抵抗政策を不満に思って、毅然として官を捨てて故郷へ帰る。抗日戦争が全面的に爆発した後に、「回民義勇隊」を組織し、日本軍に抵抗して反撃を加えた。1938年部下を率いて八路軍に参加して、同年中国共産党に参加する。回民教導総隊総隊長、冀中回民支隊司令員、冀魯豫軍区第3軍分区兼回民支隊司令員を歴任し、部下を率いて冀中ならびに冀魯豫の平原を転戦する。回民支隊隊は晋察冀辺区の司令員の呂正操に管轄されていた。

1944年、部隊は延安に行くよう命令を受け、その途中、頭部の「砍頭瘡」のために病死した。

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